17年介護を続けても難しい。「正解のない介護」と向き合うということ

介護・仕事

介護の仕事を17年続けてきました。

新人の頃と比べれば、できるようになったことはたくさんあります。

介助技術もそうですし、利用者様とのコミュニケーション、危険予測、状況に応じた判断など、経験を積むことで少しずつ身についてきたものもあります。

それでも、今でも難しいと感じることがあります。

それは、**「正解がない場面で、どう判断するか」**です。

介護の現場では、「こちらが正しい」と思って行動したことが、必ずしも利用者様にとって正しいとは限りません。

むしろ、利用者様の立場から見れば、利用者様の言っていることにも正しさがある。

そんな場面は決して珍しくありません。

介護には「どちらも正解」という場面がある

特に難しいと感じるのが、利用者様と介護士の意見が食い違った時です。

こちらとしては、

「こうしたほうが安全です」

「こうしていただいたほうが周りの方も困りません」

と思って声をかける。

でも、利用者様には利用者様の考えがあります。

「私はこうしたい」

「私はこう思う」

という意思があります。

認知症が認められる方の場合は、特にそのギャップが大きくなることもあります。

こちらから見ると「それは違いますよ」と思うことであっても、ご本人の中にはご本人なりの理由や正しさがあります。

そこで、介護士が「こちらが正しい」と一方的に押し通してしまうと、利用者様の意思を否定することになってしまいます。

だから私は、最近では「どちらが正しいのか」と考えすぎないようにしています。

立場が変われば、どちらも正しいことがある。

そう考えるようになりました。

デイケアだからこそ必要になる「間を取る」という考え方

デイケアは、多くの利用者様が同じ空間で過ごす場所です。

そのため、ご本人の希望をすべて受け入れればいいというわけでもありません。

他の利用者様への配慮も必要です。

安全面を考えなければいけないこともあります。

施設として守らなければならないルールもあります。

つまり、

利用者様の主張

介護士側の主張

のどちらか一方だけを通せばいいという話ではありません。

そこで必要になるのが、「間を取る」という考え方です。

「こうしてください」

と押し付けるのではなく、

「では、ここまではどうでしょう?」

「こういう方法ならできますか?」

「これなら周りの方にも迷惑にならないと思いますが、どうですか?」

と、お互いが少しずつ譲歩できるところを探していく。

この「着地点を探す」という作業が、介護士として難しいところでもあり、経験が問われる部分なのだと思います。

新人の頃は「折れる」ことが多かった

新人の頃の私は、利用者様から何か主張された時に、そのまま折れることが多かったように思います。

特に認知症が認められている方に対して、一方的に正論を押し付けることは難しい。

そして、適切ではない場合もあります。

だから、

「そうですね」

「分かりました」

と受け入れることで、その場を収めようとしていました。

もちろん、それも一つの方法だったのだと思います。

でも、経験を重ねるにつれて、それだけでは解決できない場面もあることが分かってきました。

利用者様の言うことをすべて受け入れることが、必ずしもその方のためになるとは限りません。

反対に、介護士側の正論をすべて押し通すことも違います。

そこで今は、

「着地点をどこにすれば、お互いに妥協できるだろう?」

と考えるようになりました。

そのためには、まず話を聞く。

そして、こちらの考えも伝える。

そのうえで、一緒に落としどころを探していく。

以前よりも、そういう関わり方ができるようになったと思います。

自分の「正義」を押し付けてしまった失敗

もちろん、私自身も失敗しています。

利用者様との話し合いの中で、自分自身の正義や正論を強く出しすぎてしまったことがあります。

「こうするべきだ」

「これは違います」

という気持ちが強くなってしまい、結果的に利用者様の主張を否定するような話し方になってしまいました。

今振り返っても、これは良くなかったと思います。

介護士として話し合うべきところで、いつの間にか自分自身の感情が入り込んでしまっていたからです。

本来、介護士はできるだけフラットな立場でいるべきです。

もちろん、安全を守るために譲れないこともあります。

施設として守らなければならないこともあります。

それでも、自分の「正しい」を利用者様に押し付けることとは違います。

この経験から、**「自分は今、介護士として話しているのか。それとも個人的な感情で話しているのか」**を意識するようになりました。

これは、17年間介護を続けてきた中でも大きな学びの一つです。

「お客様は神様」ではない

介護サービスは、サービス業でもあります。

利用者様はサービスを受けるお客様です。

だからこそ、丁寧な対応は必要です。

ただ、私は、

「お客様は神様ではない」

とも思っています。

これは利用者様を軽視するという意味ではありません。

介護は、介護士が一方的に何かをしてあげる仕事ではないからです。

利用者様と介護士が支え合いながら、一緒に目標に向かっていく。

そのために介護サービスを利用していただいているのだと思います。

時には、わがままを言われることもあるでしょう。

こちらとしては「それは難しい」と思うようなお願いをされることもあります。

そんな時に、

「お客様だから全部受け入れなければ」

と考えてしまうと、介護士自身が疲弊してしまいます。

だからこそ、フラットな立場から話し合い、双方にとって妥協できる着地点を探すことも大切な仕事なのだと思います。

「受容」と「共感」は、何でも受け入れることではない

介護では、「受容」や「共感」が大切だと言われます。

私も、それは本当に大切だと思います。

ただ、

受容=すべてを受け入れること

ではないと思っています。

利用者様の気持ちを理解する。

「そう思っているんですね」と受け止める。

それと、利用者様の希望をすべてそのまま実行することは別の話です。

「そうしたい」という気持ちは受け止める。

そのうえで、

「でも、ここは危ないので、こういう方法にしてみませんか?」

と別の選択肢を提示する。

これも受容や共感の一つなのではないかと思います。

大切なのは、最初から否定しないこと。

そして、最初から正解を決めつけないことです。

正解がないからこそ、経験になる

介護の仕事をしていると、

「これで良かったのかな」

と思う場面があります。

今でもあります。

17年働いているからといって、すべての答えが分かるわけではありません。

むしろ経験を重ねるほど、「簡単に答えを出せない場面」があることを知るようになった気がします。

新人の頃は、

「正しい答えを見つけなければ」

と思っていたのかもしれません。

今は、

「正解がないなら、一緒に答えを探せばいい」

と考えるようになりました。

声をかける。

話を聞く。

受け止める。

こちらの考えも伝える。

そして、お互いに納得できるところを探す。

それでもうまくいかないこともあります。

失敗することもあります。

でも、その経験が次の場面で生きてくる。

それこそが、介護士としての経験値なのだと思います。

介護の正解は、一人ひとり違う

介護には、教科書通りにいかないことがたくさんあります。

同じ認知症という診断があっても、人によって性格も考え方も違います。

同じ場面でも、その日の体調や気分によって対応が変わることもあります。

だから、

「この場合は必ずこうする」

という答えだけでは対応できないことがあります。

その人を知る。

その人の話を聞く。

その人が何を大切にしているのかを考える。

そして、その時の状況に合わせて一緒に答えを探す。

それが介護なのかもしれません。

まとめ

17年間介護を続けてきても、今でも難しいことがあります。

それは、正解のない場面で判断することです。

利用者様にも正しさがあり、介護士側にも正しさがある。

どちらか一方を否定するのではなく、お互いの立場を理解しながら、妥協できる着地点を探していく。

そのために必要なのは、特別な技術だけではありません。

声かけ。

対話。

受容。

共感。

そして、自分自身が「正しい」と思っていることを、一度立ち止まって考えること。

介護には、きっと一つの正解はありません。

だからこそ、

「正解を教える」のではなく、「一緒に答えを見つける」。

そんな介護ができるようになりたいと、17年目になった今でも思っています。

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